幸せって・・
昔、明石家さんまさんがコマーシャルで言っていましたが、ポン酢しょうゆのある家が幸せな家なのかもしれない。
どこの家庭にでもあるものが、当たり前のようにあるのが幸せの本質のような気がします。
人は誰でも幸せになりたいと思っていますが、幸せになりたいと思っている時点でたぶんすでに幸せなんだと思います。
飢え死にするかの瀬戸際の人は食べるものを見つけることに必死で、幸せがあ~だこ~だとは考えませんから・・。
結局は、人間本来が持っている限りない欲望が、現状の幸せに満足できずに不満を溜め込むのでしょう。
たぶん本能として不満を抱くということも快楽の一種なのかも知れません。
ボートに乗って水面が揺れると怖い気持ちと同時に楽しいという感情が芽生えるのと同じような気がします。
お寺の坊さんのように決まった時間に寝起きして、同じようなご飯を食べ、毎日同じ行動を繰り返すなんて、想像しただけでもげんなりしますからね。
悩み苦しむ生活の中で、少しの楽しみがある生き方と坊さんのように毎日一定のリズムで生きるのとどっちがいいかという問いがあれば、僕は即決で前者を選ぶでしょう。
後者のようなストイックな坊さんが現代にいるのかどうかも疑問ですが・・・。
もし今のあなたがこうありたいという夢を現実にしたところで、たぶんその時は、また別の幸せを追いかけるようになっているはずです。
幸せの定義などありませんし、ゴールもないと思います。
それと同時に悩みについても同じだろうと思います。
悩みによって感情が揺れ動くこと自体を、快楽として本能的に要求するのであれば、それを受け入れて楽しむべきではないでしょうか。
僕は悩む時間は、普通の人よりも極端に少ないと思っています。
悩むことは、人生において最大の時間の浪費だと思っていたのですが、いろんな方々の話をお聞きしたり、僕の持論を展開しても悩んでしまうという人を見ていて、無理に悩む時間を短縮させるような努力をするよりも、それ自体を楽しめばいいのではと思うようになっています。
また考え方が変わるかも知れませんが、今日、現在においてはそんな気分です。
よく泣く人は、たぶん泣くことが好きなんだと思いますし、DVに会う人はそうなることを望んでいるのだと思います。
幸せになりたいとなにかを模索するのは、健康になりたいと思っていろんな健康法を実践して体を壊すようなものです。
自由と平和を一番訴えているアメリカが世界中で戦争の種を蒔いていることを考えればわかるはずです。
こうしてこのブログを読んでいる今の環境に満足するのが、幸せへの一番の近道ではないでしょうか。
もし今あなたの中に不満が存在するのであれば、不満を抱けるという環境を見つめなおしてみてください。
たぶん戸棚の中にポン酢しょうゆがあるはずですから。