2013-08-03 心理・カウンセリング

グラデーション

最近は、カウンセリング関係の記事が増えていて、僕の過去の入院についてなどを語ってきましたが、精神病院に入院するというのは、一般の人からすると刑務所に入るか、もしかするとそれ以上に敬遠したいことなのかも知れません。

偏見など持っていないと思っていた僕でしたが、自分自身が当事者になってみると生きる資格がなくなったとまで考えました。

現代では、うつ病が増加して心療内科に通院する人も多いと思いますが、それでさえも大っぴらに言えない風潮があります。

肉体の異常と精神の異常、どちらも異常という点では同じなのにどうしてここまで差別や偏見が浸透してしまったのでしょう。

キチガイという言葉は、今では放送禁止用語となっていますが、語源は気違いだと思います。

「気が違う」というのは、あらためて考えるととても的を得た言葉ではないでしょうか。

たぶん最初にそれを言った人には、まったく差別意識などなく、普通の人の気と違う気を持つ人という意味で名づけたのではなかったのかなと思うのです。

先日も友人と飲んでいた時に僕のことを笑いながらキチガイになったからな~とか言ってましたが、当事者としては言葉の問題よりも病気そのものやその後の人生の方がはるかに重要なことなので、腫れ物に触るかのごとく言葉を選ぶ風潮は不思議でしかたがないです。

差別や偏見などの話はこれぐらいにして、グラデーションについて。

説明するまでもないですが、白からだんだんとグレーになって、最後は黒になるといった明暗の変化や虹のように赤から紫に色彩が変化することなどを指しますが、精神病患者で考えるとどうなるでしょう。

精神病患者も本当は、普通の人かそうでない人の2者択一ではなくてグラデーションのようになっているはずです。

強制入院をさせられる人は、社会や家族に危害を及ぼしたり、自分自身を傷つけたり殺してしまうという可能性があると判断される人になるのですが、そういった要件に当てはまらない人でも病院に入ったほうがいいんじゃないのかと思う人は回りにいっぱいいるのではないでしょうか。

明らかに精神的に異常をきたしている人ではなく、会社の上司や社長、取引先、メーカー、元請業者などの強い立場の人たちです。

会社や家族のためなのか、本人のプライドなのかはわかりませんが、理不尽なことを平気で言える人たちが山ほどいます。

ひとりで気楽にやっている僕から見ると病んでいるとしか考えられません。

その病人の下で働いている人や命令を聞くしかない立場の人が、病気になるのは当たり前のことだと思います。

世の中に正常な人など一人もいないと考える方が正しいのかも知れません。

ネット環境が充実すればするほど、デジタル機器に翻弄される人が増えてきます。

デジタルは、オンとオフしかありません。

グラデーションはないのです。

短絡的な殺人に限らず、思考自体が短絡的になっています。

メールの返信がなければイライラしたり、逆に相手を怒らせたのかと不安になったりとなんでもすぐに結果が出ないと落ち着かなくなるのです。

昔の電化製品なら、調子が悪くなるとたたけばまた元に戻ったりもしましたが、今の機器はそれがまったく通用しません。

先日、世の中の物質は全てエネルギーで出来ていると言いましたが、本来はそのエネルギーをもっとも複雑で効率よく作られていたはずの人間が、機械に翻弄されることで、どんどん同化し、退化しているような気がします。

話が大幅に横道にそれてしまいましたが、物事を考えるときにいつも対◎◎という考えを持ちがちです。

例えば障がい者についてとか。

性風俗従事者についてとか。

全てグラデーションなので、黒いところだけを白くしようとしても無理が出てきます。

全ての人がグラデーションという意識で物事を判断することが出来るとは思えませんが、健常者と障がい者といった2者択一の考え方からは早く脱却して欲しいと思います。

外見が違っても気が違っていても、前提としてヒトということを忘れるべきではないですし、ヒトはそれぞれ個性があって、ある基準を設けると必ずそれに対してグラデーションになるはずですから。

ドイツの人には、虹は5色に見えるそうです。7色の虹を楽しめる日本人ならもっとグラデーションを意識できるのではないでしょうか。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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