エゴマーク
地走りという言葉をご存知でしょうか。
この言葉も先日から何度も紹介している「体癖」という本に書かれていて知ったのですが、ねずみが繁殖して体も2倍ぐらいに膨れ上がり、あらゆる食べ物を食い尽くしてしまって、その集団自体の存続がマックスに達したときに自ら水に飛び込んで集団自殺をすることを指すようです。
この話を知ったときにこれはねずみだけの問題ではなくてこの地球上にいる生物全てに共通する問題だと感じました。
ねずみの集団自殺はねずみが自主的に行う行動だと学者は分析するかもしれませんが、自然の摂理というか宇宙の法則というか僕の世界というか、なんでもいいのですが、各個体の問題ではなくてすべてにおいて因果関係があるはずだと思っています。
ねずみの集団自殺は、その種族の意志とは違う大きな意思が働いていたと考えるほうが納得できるのです。
捕鯨問題でくじらの存続を懸念する人たちもいますが、絶滅した生物などはこれまでも何万、何億と存在しているはずで、人類が守ろうとしているものなどは、それと比べると25メートルプールにいっぱいに張られた水と僕の晩酌のビール位の差があると思います。
と、たとえるとそれほど違いは感じられないかもしれませんね。
とにかくちっぽけなものだと言いたい訳です。
リピートしてくださる女性のなかに僕のブログのある記事を読むとイライラというかムカムカというかモヤモヤされる人がいます。
それは僕がたまに人間のエゴについて偉そうに話しているときに限られます。
悩みが起きる原因はすべて自分のエゴのせいだと僕はいつも言っていて、悩みたくなければエゴを捨てれば楽になりますと言っています。
彼女としては、エゴがあるからこそ人間としての楽しみがあるわけで、それを無くすことに同意する人に対しても綺麗ごとを言わないで欲しいという気持ちになると話してくれました。
そういう意見を聞いて、僕自身もいろいろ考えていると結局エゴを持つことが悪いのではなくて、悩みを抱える原因になるエゴが問題なんだと思いました。
いいエゴも悪いエゴもあるのではないかということです。
彼女から、エゴについて記事を書くときは最初に「エゴに注意」と書いておいてくださいと言われて、それがあれば読まずに済みますからということでした。
最終的にエゴマークを付けましょうということで、話が落ち着いたのです。
そんなこんなで「エゴマーク」から「エコマーク」を意識したときに冒頭で話した地走りと結びつきました。
地球に優しいとか地球のためにとかという発想でエコ運動があるのだと思いますが、それって人類が自分の身の程をわきまえない究極のエゴなんじゃないのかって思ったわけです。
地走りについても地球がねずみに対して起こさせたと考えてもいいと思いますし、地球にとって邪魔なものは自浄作用によって排除されるはずなのです。
以前にも書きましたが、人間は地球にとってのがん細胞みたいなものだと僕は思っています。
人間であれば癌があると聞けば慌てふためいて治療に専念するのかもしれませんが、人間以外の動物や地球などは成り行きを見守りながらやり過ごしていくはずで、もしそれが自分にとって悪い影響を及ぼすと判断すれば天災や疫病や氷河期などの自然の変化によって淘汰(排除)するのだと思います。