大好物はおにぎりです!
毎年、お正月になるともちをのどに詰まらせて死んでいくお年寄りのニュースをみます。
年末ジャンボ宝くじの1等当選者と確率はほぼ同じなのではないかと思うこともあります。
まあそれはいいとして、僕も死ぬなら大好きなおにぎりをのどに詰まらせて死んでいければいいなって思います。
ただ今のところ一人の時間が多いので、誰にも発見されずにおにぎりをのどに詰まらせたまま1週間以上も放置されるのは寂しいので、よく噛んで食べるようにします。
もともとあまり食べるときに噛まないのですが、おにぎりのときはほぼ原型のまま胃の中に送り込むようにして食べています。
のどごしを味わっているというのもそうなんだと思いますが、たぶん小学校の遠足か運動会かは定かではないのですが、唯一母親の手料理を味わう機会を体がうれしく思っているからなのかなって思うんです。
僕は幼いころから母子家庭で、普段の食事も親戚のおばちゃんやおばあちゃんに作ってもらっていました。
ホントはもっと頻繁に普段の食事も母親に作ってもらっていたのかも知れないのですが、記憶のなかには運動会や遠足などのイベントのときだけ特別に母親が作ってくれていたと思っていて、その時のおにぎりが鮮明に残っているのかもしれません。
うれしくて噛む事も忘れていっぱい食べようとしていた記憶があります。
昨日の記事に紹介した「体癖」の本の中に「旨いもの」についての話がありました。
野口さんの言葉を借りると「旨いもの」というのはなくて、その人が「旨いと感じるもの」と言うべきだそうです。
大好物がおにぎりであっても、コンビニののりがパリパリしたおにぎりをおいしいと思ったことはありません。
たぶん僕がおにぎりをおいしいと思う要素は米とのりと具材ではなくて、それを食べているときのストーリーが重要になっているんだと思います。
高級中華料理店の焼きそばよりも日清焼きそばがおいしいと感じるのは、単純に味覚の問題ではなくそれを始めて食べたときの状況がもたらした感動が今でも記憶に残っているせいかもしれません。
食べ物をおいしいと感じることと同じようにこれまでの経験から自分が最高だと思うことって良くあると思います。
最高って思うのと同時に最低だと思うこともあるはずです。
最高って思うことは人からいくら変わってると思われても自分にとっていいことであるのですから特に問題はないのですが、最低だと思っていることについては、他人が気にしなくてもいいよって言っても、本人の意思でそれをコントロールできなければ、体にずっと悪影響を及ぼしてしまいます。
1日でも1週間でも1ヶ月単位でもいいのですが、もし最低なことが自分に降りかかってきて、気持ちが沈んでしまうということならおにぎりをいっぱい作ってのどに詰まらせるぐらいの勢いで食べてみてください。
とにかくマイナス要素よりもプラス要素のほうが多ければ間違いなくプラスになるはずです。
ハクション大魔王のハンバーグやドラえもんのどら焼きのように滝のようにのどに流し込める好物を作ってみて欲しいと思います。
1-2が-1だということに悩むよりもそれに2を足せば1になるんだと思えばいつでもワクワクできるはずです。
是非一度お試しください。
余談ですが、最近の日清焼きそばの5袋パックが300円以上するので、ちょっと買うことを躊躇しています・・。