2013-05-24 心理・カウンセリング

罪悪感

先日、何度か利用していただいている方との会話で気づいたことを書きます。

彼女の結婚暦は20年以上で、ご主人のことをとても愛していらっしゃいます。

セックスレスになってからかなり長い年月が過ぎたようですが、特に問題なく暮らされていました。

ところが数年前に職場で一緒になった男性に半ば強引に肉体関係を持たれてしまい、彼女の表現を借りればカラカラに渇いていた枯れ草に火を点けられてしまったそうです。

付き合っている最中もいろいろ問題があって、結局彼女のほうから全て終わらせるために連絡を取らなくなり、その後1年ほど経過していました。

その彼から数週間前に久しぶりに連絡があったようですが、それも無視していたところ、急に顔を見せたそうです。仕事の関係で彼女の職場に来ることになったからだということでした。

彼女は、突然の訪問のせいで、あれほど避けていた彼の顔を見た瞬間に、拒否する気持ちよりも懐かしさのほうが勝ってしまったようです。

そしてどうしてそんなことを言ってしまったんだろうと僕に話してくれたのですが、その日の夕方にでも時間があればどこかで話がしたいと告げたそうです。

結果的には彼の仕事が忙しかったみたいで、会うこともなく彼は帰っていきました。

もし会っていて体を求められていたら拒めなかったかもしれないと彼女は言っていました。

むしろそれを望んでいたのかも知れません。

彼女は自分のそういった気持ちに対して整理がつかない様子でしたが、それも自分の気持ちなんだから素直に楽しめばいいのではないかと話しました。

もしそれが原因で愛するご主人を失うこととなってしまってもそれも人生じゃないですかと。

その彼のことを思うと主人に対してすごく罪悪感が湧くのに、僕に対してはまったく湧かないのが不思議だと言われました。

どうしてだろうと考えてみると結局、僕の場合は家庭を崩壊させることはまずないという安心感があるのではないかということが浮かびました。

彼女もそうかも知れないと同意されていました。

罪悪感とはいったいどういうことなんでしょう。

自分の行動や気持ちに対して否定的な感情が起きることを一般的に罪悪感というみたいですが、今回のケースではただ単純に自分の立場が守られるかどうかだけではなかったのかも知れないと後から思うようになりました。

彼女を女性として目覚めさせたのは、ご主人ではなく彼だったのは間違いありません。

その彼に対して抱く感情は特別なもののような気がします。

初めて施術でお会いした時もその後も何度か彼の話をお聞きしました。

彼のことを考えるととても腹が立つともおっしゃっていました。

愛することの反対は憎むことではなく、無関心だとマザー・テレサの言葉通りなら、彼女はずっと彼のことを愛していたのかも知れません。

女性は同時に二人を愛することは出来ないという人もいるかもしれませんが、愛情を向ける相手を一時的に変えることや相手からの愛情の種類が違っているのなら同時に受け止めることが出来るのかも知れません。

たくさんの愛を体で受け止めることによって自分自身が輝きを増すのであれば、その行いを肯定的に捉える方がいいと思います。

僕は昔風俗通いをしていたころ、いつも罪悪感でいっぱいでした。

奥さんや子供に対して悪いという気持ちも多少はあったのかも知れませんが、それ以上にやるべきことが他にあるにも関わらず、そこから目を背けている自分の不甲斐なさに常に否定的な感情を抱いていました。

今、僕に施術の依頼をされる女性の中にその頃の僕のような人はひとりもいません。

彼女たちは自分の行動に自信と責任を持ち、エネルギーを蓄えて日々の暮らしに戻っていかれる方ばかりです。

僕自身もそういった彼女たちから元気をいただいているのです。

そこには罪悪感はまったく存在しません。

彼女が彼に対して抱く罪悪感については、自分を否定するのではなくありのままの自分を肯定して欲しいと思います。

彼女が結果的に彼と会えなかったという話をお聞きしたときに安堵感と寂しさが入り混じった表情をされていました。

なにもない平凡な人生も幸せかも知れませんが、彼女のようにときめきをいつまでも持って過ごすのも幸せではないでしょうか。

どうせ行動を起こすのであればどんなことも肯定的に捉えるほうが楽しいに違いありませんから。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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