2013-05-17 人生・思想

太郎くんと次郎くん

少し前から日本はグローバルという言葉に踊らされ、社内で使う言葉を英語にしようとしている訳のわからないところも出てきました。

外になにを求めていくのでしょうか。

太郎くんと次郎くんで考えてみようと思います。

太郎くんと次郎くんは子供のころ、お父さんの会社が好調でとても裕福な生活をしていました。

しかし、ある時期から会社の状態が悪くなり、家も引っ越さなくてはならないような状況になってしまいました。

太郎くんと次郎くんは仲のよい兄弟でしたが、性格は正反対でした。

太郎くんは正義感が強く、お父さんが稼いでいたころの姿がとても格好良くて好きだったので、なんとかまた昔のように裕福な暮らしになるように必死で勉強して一流企業に勤め、様々なスキルを身に付けようと社会人になってからも寝る間を惜しんで勉強しています。

次郎くんの方は、家が狭くなったことなどまったく気にしないで、貧相な食事に対してもいつも笑顔でおいしそうに食べています。元気のないお父さんには自分の得意な歌を歌ってあげたりしています。

太郎くんはいつもへとへとになるまで働いて帰ってきて、なんとかこの家を昔のように再生させるんだと口癖のようにぶつぶつと話しながら食事も一瞬で終わって、自分の部屋に入って勉強をしています。

子供のころ二人はいつも一緒で、近所の友達たちと遊んでいました。家を手放さなくてはいけなくなった時に太郎くんは、学校の友達と会うのが嫌だったので、引越し先はなるべく遠いところを希望しましたが、結局、同じ校区内での引越しとなりました。

次郎くんはそれまで通り、友達と遊んでいたのですが、太郎くんの方はしだいに家を出なくなってしまいました。

太郎くんは、それ以来必死に勉強し、奨学金を利用して大学へと進学しました。

次郎くんのほうは、中学を卒業と同時にアルバイトをしながら自分の好きな歌を歌う時間をたくさんとるようにしました。次郎くんは人に聞かせたいというよりも歌っていることがとても好きだったのです。

太郎くんが25歳、次郎くんが23歳のときにお父さんが癌で入院することとなりました。

お医者さんの説明では、余命3ヶ月だということです。

太郎くんは仕事の合間をぬっては病院に行き、主治医の先生に対して父親の体についていろんな説明を受け、なんとか少しでも長く生きてもらえるような治療をお願いしていました。

次郎くんの方は天気のいい日にたまにふらっと病室に現れては、車椅子で父親を連れ出し、自分の作った新しい唄を披露していました。

お医者さんの言った3ヶ月が過ぎた頃、お父さんは家に戻りたいといいました。

太郎くんは反対しましたが、お父さんの意見を尊重して家に戻ることとなりました。

それからの太郎くんは、今まで以上に働くようになり、家にも帰らないこともしばしばです。

次郎くんのほうはアルバイトもあまり行かなくなり、家で曲を作ったりお母さんとお父さんと3人で散歩したりしていました。

お父さんが家に戻ってから1年が経ちました。

ある日、お父さんは太郎くんと次郎くんに話しがしたいので、時間を作って欲しいといいました。

そして先週の日曜日にお父さんは太郎くんと次郎くんと一緒に近所の公園へ行きました。

お父さんは公園で遊んでいる家族をしばらく無言で眺めていました。

太郎くんも次郎くんも同じようにだまっています。

「会話をしてるか?」

突然、お父さんは独り言のように目の前の光景を眺めながら話し出しました。

「次郎はいつも泣いてたな。負けず嫌いだったから、太郎といつも張り合っては泣かされてたな。」

予想もしない話を始めたので、二人は返答に困ってしまいました。

お父さんは、ゆっくりと太郎くんのほうを向いてにっこりと微笑みました。

それから右手を太郎くんのひざに乗せて、「悪かったな」と一言つぶやきました。

「いきなり何を言い出すねん」

太郎くんは少し照れたような表情で返答しました。

「とくに意味はないねん。なんか言うてもうたわ・・・」

そこからしばらく3人は無言のまま公園で走り回る子供たちの元気な声を聞いていました。

お父さんは太郎くんと次郎くんと話すときは、自分のことをおとうちゃんといいます。小さい時は二人ともおとうちゃんと言っていましたが、ある時期から太郎くんだけお父さんと呼ぶようになりました。

小さな子供がこけて泣き出したのをきっかけにお父さんは堰を切ったように話し出しました。

「おとうちゃんは、お前らになにもしてあげることがでけへんかった」

「二人にはほんまに迷惑かけたと思う」

「迷惑ついでにお前らからひとつだけもらいたいもんがあるんや」

二人はお互いの顔を見合わせてまたお父さんの顔を見ました。

「太郎と次郎との間にある壁をおとうちゃんにくれへんか?」

「今は一緒に暮らしているからそれほど面倒やないんやけど、死んでもうたらその壁がかなりやっかいな存在になるとおもて、今のうちにほっといたろかなとおもてんねん」

ほっとくというのは、関西弁で捨てるという意味です。

「そんな壁なんかないで」

太郎くんはフッと苦笑しながら返答しました。

「壁はないけど住んでいる世界が違うような気がするな」

次郎くんは視線を走り回る子供達に戻しながらつぶやきました。

「おとうちゃんは、これまで一生懸命に働いてきて、ええ時もあれば悪いときもあった。おかあちゃんともいっぱい喧嘩してきた。お前らにはほんまに迷惑をかけたとおもてんねん」

「でもなんだかんだゆうても、よかったなって。おかあちゃんとかおまえらとかと出会えることができてな」

「これまでの中で正直今が一番幸せやねん。病気のおかげで余計なことをなんも考えんと自分のやりたいことだけ出来るようになったから」

「そのおかげでおかあちゃんとも出会ってから今までで一番ラブラブや!」

「結婚することはあんまりおすすめでけへんけど、俺はやってよかったって思う」

「まあ全てがよかったって感じかも知れへんわ」

「俺は入院しているときに、次郎を見ていて安心したんや」

「小さい頃から負けん気だけは強くて自分の思うようになれへんかったらいつも泣いとった奴がそのまま大きくなったなって」

「全然変わってへんねん。泣くのを歌うことに変えただけや」

「なんでか知らんねんけど、次郎が面会に来てくれたらすごく気分がよくなるねん。でも帰ってしばらくするとなんかまた重苦しい気持ちになるねんけど、なんでかなって考えてみたんや」

「病院の人たちはとても親切にしてくれるねんけど、先生が3ヶ月っていうたもんやから皆3ヶ月を疑わんとそれに合わせて行動してるねん」

「3ヶ月が近づいてもあまり変化がなかったら逆に皆が不思議そうな雰囲気になってきてたんや」

「患者を治そうというよりも自分たちの判断を正確にこなしていこうって感じやったわ」

「ここにおったら負けるっておもてん」

「せっかく太郎はいろいろ頑張ってくれたけど、無理ゆうて家に帰らせてもろた。ごめんやで」

太郎くんは無言で首を少し横に振りました。

「家に帰ってからも一生懸命働いとったやろ。ほんまはもっといろいろ話がしたかってん。でもなんかめちゃくちゃ格好ええなあって思っとったんや」

「小さい頃におとうちゃんみたいになるって言うてくれとったけど、なんか逆転したような気分やったわ」

太郎くんは下を向いたまま黙って聞いていました。

「次郎はほんまに好きなことだけしかやらんな」

「去年のおとうちゃんの誕生日に次郎の友達がいっぱいきて、正直最初はどうしょうかって思たけど最後は人生で一番うまい酒を飲ませてもろたって思ったわ。」

「会社におるときは、若いもんはだめやと思てたけど枠のないところで話をしたら俺ら以上にいろいろと考えているとわかってほんまにびっくりしたわ」

「それになんでこんなおばちゃんもおるねんっていう友達もおったもんな」

「あの晩、寝るとき、俺もあんな人生を送りたかったって次郎のことがうらやましく思ってたんかしらんけど、夢の中でええ声でギター弾きながら歌ってる自分がおったわ」

「ギターなんか持ったこともないのにな」

「ふたりとも俺にとっては憧れる存在やけど、そんな息子をもつ自分が一番カッコええと思うわ!」

太郎くんも次郎くんは、その発言をしたあとの遠くを見つめているお父さんの姿をみて緊張がとかたのか、声を出して笑いました。

お父さんも一緒になって笑っています。

なぜか隣に座っていた太郎くんの首を絞めながら・・・。

それから丁度、一週間が過ぎた朝、お父さんは眠っているような状態で亡くなっていました。

最初に気づいたお母さんは、太郎くんと次郎くんを起こしてパニックになりながら救急車を呼ぼうとしましたが、ふたりは落ち着いた様子でお母さんを抱えるようにしてお父さんのいる寝室に戻りました。

お母さんをゆっくりと座らせて、二人はお父さんが寝ているベッドに向かいました。

そこにあったのは、二人にとって初めてかも知れないお父さんの寝顔でした。

最初は太郎くんを外国の顔色ばかり気にする日本に例えようとして書き始めたのですが、途中から離婚して別れてしまった子供とだぶってきて、ひとり号泣しながら書いていると最初の趣旨から完全に外れてしまいました。

でもよくよく考えてみると外であれ内であれ皆それなりに必死になって生きていこうとしてるんだということに気がついて、結果的によかったのかなと思います。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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