2013-04-13 仕事・社会

風俗嬢とお客さん

僕に施術を依頼した場合は、「谷町9丁目」駅というところで待ち合わせをします。

この駅周辺はデリヘルとラブホテルと神社がたくさんある場所です。

「性」と「生」というのは、切り離せないことを象徴しているのかも知れません。

駅前のコンビニで待ち合わせをしているのですが、だいたい2・3分に一組はあきらかに恋人同士ではないでしょうという不釣合いのカップルが目の前を通ります。

今日始めて指名したんだろうな~というカップルからかなりの常連さんだなというカップルまで様々です。

おじいちゃんとお孫さん?というのからお母さんと息子?といったアンバランスなのもたまに見かけます。

風俗サイトを見てもここ谷町9丁目でかなりのお店を見つけることができます。そこにはたくさんの女性が登録されていてその日に出勤している女性も多いので、1日のお客さんの総数はかなりのものだと思います。

大抵は仕事中でしょって感じの男性なので、それだけ余裕のある仕事が多いことがわかります。僕に依頼される女性の中で勤務中に利用されるかたはほとんどいないことを考えてみると利用することに対する考え方の違いがわかります。

男性用のデリヘルの経営者は一部を除いて男性です。風俗のほとんどは男性が男性に対して商品化した女性を提供してなりったっています。

風俗嬢とお客さんというカップルは、商品と人で構成されています。ただしこれは第3者の視点であって、風俗嬢からすると自分とお金になるのかも知れません。

「性」という大切なものを扱うのであれば、人と人が向き合うことが理想だと思いますが、大昔からどこの国であってもこの構成は変わらないと思います。

ヨーロッパの売春宿などでは女性主人も多くいたようですが、女性を商品化しているのは個人で売春をしていることも含めて現代までまったく変わりません。

風俗に勤めていることに対して後ろめたい気持ちを抱かせる要因のひとつに人間としての尊厳を放棄しないと出来ないという考えがあるのかも知れません。

風俗嬢の中にも自尊心を捨てずに勤務されている人もいるはずですし、一般の業種であっても尊厳を否定されながらもお金のために時間を切り売りしている人もいると思います。

自分で選択したことだからどうこう言うことでもないですが、それしか方法がないんだと自ら選択肢をせばめることだけはして欲しくないなと思います。

目の前を通り過ぎるカップル達の笑顔をみるたびに感じるのは、心の底から通じ合ってるんだろうかってことです。相手を商品やお金としてみるよりも一人の人間として接するほうがどちらにとっても満足度が高まるはずです。

関わる人全てが幸福になる性風俗を作るためには当事者の考え方から修正する以外にないと思います。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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