時間について2
前の記事で時間についてを書いたときに青と赤のボールを流しているのは誰かという話をしました。
あれから色々考えていたのですが、時間を川に例えるから辻褄を合わせるのが難しくなってしまうわけで、一番しっくり来る考え方は流れるプールのように一周して戻ってくる場所を想像することだと思いました。
手にボールを持って流せばいつかはまた反対の方向から戻ってきます。
未来の出来事は自分が原因であるにもかかわらずボールを流したことを忘れている人がほとんどなんです。
また、なにも流してないのに誰かが流して来てくれるんだと祈るだけの人や自分で流しているにもかかわらず自分にとって都合の悪いものが流れてくると無視するか人のせいにしたりする人もいます。
1年も365日経つとまた1からスタートします。
春は1年後にまた訪れます。
24時間で新たな1日のスタートとなります。
星の軌道もある一定周期で元の場所に戻りますし、原子の周りの電子も常に周期を刻んでいます。
時間も同じ構造だと考えてみる方がしっくりくると思いませんか。
10年前の自分に戻ることなんて出来ないのだから1周しているという考えかたが理解できないという人もいらっしゃるでしょうけれど、人間の一生を四季と同じだと考えれば理屈は通るような気がします。
肉体や自我は時間の経過と共に周りの環境や自分の行動などによって変化しますが、自己は生まれたときから同じだと考えています。
気持ちは20代だと思っている人も多いんじゃないでしょうか。
自己の意識は過去にも未来にも移動させることができます。
たとえば3日後に誰かの誕生日があるとして、その人のためにプレゼントを買うことに決めたとします。
そしてお店に行ってプレゼントを購入する。
3日後にその人へプレゼントをあげる。
この場合は、3日後の自分が手に持っているプレゼントは3日前の自分の意識の結果ということになります。
ということは3日前の意識がなければ誕生日のプレゼントは存在しないわけです。
3日前の意識は、3日後の未来を作り出しているということになります。
ロケットや飛行機、携帯電話など、この世にあるもののほとんどが未来を明確に意識したことで登場したものです。
今ここにある意識が未来を創りあげます。
未来も過去も全ては今が起点となっているということを考えながら毎日を過ごすと少し違った世界が見えてくるようになります。
是非、お試しください。
決して水の流れと同じ方向に流れていかないように気をつけてくださいね。