2013-03-09 読書・書評

ニュー・アースエックハルト・トール著

217ページより引用「ほう、そうか?」

日本のある町に白隠という禅の老子が住んでいた。彼は人々の尊敬を集めており、大勢の人が教えを聞きに集まってきていた。

あるとき、寺の隣の十代の娘が妊娠した。怒り狂った両親に、子供の父親は誰だと問い詰められた娘は、とうとう白隠禅師だと答えた。

両親は激怒して白隠のもとに怒鳴り込み、娘は白状したぞ、お前が父親だそうだな、となじった。

白隠は「ほう、そうか?」と答えただけだった。

噂は町じゅうどころか近隣の地域にまで広がった。禅師の評判は地に落ちた。だが禅師は意に介さなかった。誰も説法を聞きに来なくなった。

だが禅師は落ち着き払っていた。赤ん坊が生まれると、娘の両親は禅師のもとへ連れてきた。

「お前が父親なんだから、お前が面倒を見るがいい」。

禅師は赤ん坊を慈しみ、世話をした。一年たち、慙愧(ざんき)に耐えられなくなった娘が両親に、実は赤ん坊の父親は近所で働く若者だと白状した。

両親はあわてて白隠禅師のもとへ駆けつけ、申し訳なかったと詫びた。

「ほんとにすまないことをしました。赤ん坊を引き取らせてもらいます。娘が、父親はあなたではないと白状しましたんで」。

「ほう、そうか?」。

禅師はそう言って、赤ん坊を返した。禅師は偽りにも真実にも、悪い知らせにも良い知らせにも、「ほう、そうか?」とまったく同じ対応をした。

彼は良くても悪くてもいまという瞬間の形をそのまま認めて、人間ドラマには加わらなかった。

彼にとってあるがままのこの瞬間だけがある。起こる出来事を個人的なものとして捉えない。彼は誰の被害者でもない。彼はいまこの瞬間に起こっている出来事と完全に一体化し、それゆえに起こった出来事は彼に何の力も振るうことができない。起こった出来事に抵抗しようとするからその出来事に翻弄されるし、幸福か不幸かをよそから決められることになる。

赤ん坊はいつくしまれ、世話をされた。抵抗しないという力のおかげで、悪い出来事が良い結果になった。

つねにいまという瞬間に求められたことをする禅師は、時がきたら赤ん坊を手放したのだった。

この本では、エゴを捨て、今ある自分に気づくことが大切だと述べられています。

それを具体的にするための行動には3つのモードがあるといいます。

1.受け入れる2.楽しむ3.情熱をもやすです。

行動を起こすときにこれらのひとつも入っていないのであれば自分自身か他人を苦しめているはずだと断言されていて、1の受け入れるにしてもいやいやするのは同じ行動であっても受け入れていないはずで、安らかな気持ちでできる行動が受け入れるに繋がると思います。

2・3については特に説明する必要はないと思いますが、前向きな行動はいいエネルギーを伴うものであってそれが宇宙の原則と共鳴するのだそうです。

そこまで深く考えなくてもいいと思いますが、ストレスを抱えながらする行動と自ら楽しめる行動では自分の体にもたらす影響にかなり違いがあるでしょうし、結果も歴然と変わるはずです。

エゴを捨てるという言葉のなかにもエゴが含まれていて簡単ではないですが、感情が湧き上がったときに一旦間を置いてから客観的に自分を分析すればいいと思います。

嬉しい感情も苦しい感情もなんらかのエゴが関係していますので。

ニュー・アースとは、僕たちを解放してくれる新しい未来の出来事が起きた世界ではなく、今この瞬間にひとりひとりが自分達を解放することが出来た世界のようです。

簡単に理解するのは難しい本ですが、物事をシンプルに考えるためのマニュアル本として活用できる気がします。

悩みの多い毎日を送られている人は参考にしてみてください。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
← ブログ一覧に戻る