縁
縁とは人との出会いだけでなく仕事であったり場所であったりいろいろなことと自分が関わった時点で縁があったことになります。
ニュートンとりんごも縁があったと言えるのではないかと思います。
悩みを抱えている人によく話すことは自分が主人公の物語を生きているんだということ。
その物語のストーリーを書いているのも自分自身なんだということを自覚して欲しいということです。
物語には主人公のほかに脇役やエキストラが存在します。
たとえエキストラであってもそこに登場させるのには必ず理由があります。
黒澤監督の映画じゃないですが、雨が必要なシーンには雨を降らせることが可能です。
全ては自分自身が演出していると考えてみるとどんな出来事が起きてもとても楽しく感じることが可能となります。
もし僕とあなたが出会った時には二つの世界が一瞬交差したことになります。
交わる部分が点になるのか世界の半分以上を共有するのかはわかりませんが、量の多少に関わらずそこには必ず縁が存在したことになります。
縁が発生する理由はどちらかが発信したエネルギーをキャッチしてそれに同調することでおきます。
学生時代の友達は一生の友となっても社会に出てから出会う人たちとは親友になりにくいなんて思ったことはありませんか。
同じ人間なのにどうしてそんな現象が起こるのか。
それは学生時代に受信するエネルギーは損得よりも一緒にいて楽しいとか安心できるとかという本質的なエネルギーを求めていたからだと思います。
社会に出ると自分本来の思いよりもお金や世間体などの目先の損得に左右されてしまって、それを満たされそうな人との出会いを優先してしまっているのかもしれません。
物語を書いている作者はわかっています。
そして主人公に対して早く気がついて欲しいといろんな縁を目の前に登場させているのです。
このブログを読まれているかたは少し考えてみてください。
もしここまでの文章に少しでも共感するところがあるのであれば、これは前田貴久が書いたものではなく作者であるあなた自身が書いたものだと理解してください。
あなたの五感に飛び込んでくる全ての情報はあなた自身が作り出しているからです。
縁とは偶然などではなく、あなたが創造したものでしかありません。
これから渋谷に行くので、ハチ公さんとの出会いを楽しんできます。