2013-01-26 読書・書評

マトリックス

今日は映画の感想です。

以前から気になっていたマトリックス3部作を一気に観ました。

内容を簡単に説明すると僕たちが暮らしている社会、現実世界は実は仮想現実の世界であって本当は機械がプログラムによって作っている世界でしかなく、実際の世界は人間をエネルギーとした機械が支配している世界だということでした。

いつからそういったことになったのかはよくわからないのですが、最終的には機械と支配されていない人間との戦いを救世主のネオが終結させるという話です。

マトリックスを少し横に置いておいて、この世の中には常識では理解しがたいものがたくさんあります。

スピリチュアルなものもそうですし、UFOなどの宇宙人や雪男、ネッシー、つちのこなどなど・・。

空想の産物といえるものが次から次へと登場します。

僕は空想であろうと虚言であろうとそれを発信している人の世界では事実だと考えています。

以前にも書きましたが、僕は統合失調症で精神病院に入院していた過去があります。

その病棟内ではさまざまな症状の患者が入院していました。

入院して3日で退院するものもいれば子供のときから入院してそのまま成人している人もいます。

僕を含めて彼らが思っている世界は彼らの世界であって、本当はそれを否定し矯正する必要のないものなのかもしれません。

精神科の治療は、社会で適応させるために無理やり洗脳しているだけかもしれないと思うことがあります。

マトリックスのなかで、印象に残る言葉がありました。

「地球上の生物の中で自然と共存することなく自分達の繁殖のために破壊し続けているのは人間ともうひとつしかない」

もうひとつというのは、ウィルスのことです。がん細胞のような母体を蝕みながら増殖を繰り返す細胞のことをさすのでしょう。

たしかに人間以外の動植物で種の保存のために周りの環境を破壊してまでするものなどありません。

僕は性感マッサージという仕事を始めて人間の存在について思うことが増え、いろんな書物を読むようになりました。

とても参考になるものもたくさんありましたが、読めば読むほど心の中にたまってくるものがありました。

それはほとんどの本の内容が人間至上主義だということです。

人間は他の動植物とは違って選ばれたものであるという考えがどの作者の本をみても根底に流れています。

それらの本のほとんどがこの世のあらゆるものがひとつであって人間の魂もそれの1部でしかないと説いています。

もしそうであるなら人間だけが特別ではなく目の前にある鉛筆やコップや机やスリッパも同じレベルのものだと考えることが矛盾しない考え方だと思います。

マトリックスを3本一挙に観たせいかもしれませんが、人間はもしかするとこの世の中で一番出来のわるい生物なんじゃないかなと思いました。

一番進化しているのは単細胞生物なのではないかと。

いろんな本を読めば読むほど究極は単一性を追求することだと書かれています。

卵子が受精することで細胞分裂が始まり最終的に形となってこの世に登場することとなります。

統合失調症という病名は昔は分裂症とよばれていました。

細胞が分裂し終わったあとに精神が分裂し始めることがあってもいいのではないかとふと思いました。

僕は世界はひとつではなく人類の数だけあると思っていますし、もっというと動植物だけでなく石や機械などにも個別の世界があると考えています。

スピリチュアルな世界で声をあげている人々をみるとわかりますが、大衆からするとかなり異質に見えてしまいます。

それは僕たちの常識で判断しているから異質だと思うだけであって、その人たちの世界が存在しているのだと思えばその人たといにとってはなにも矛盾が発生しないと思います。

違う世界の人間からすると異質でもその世界の住人からすると常識的なことだからです。

宗教も結局はそうで、関心のない人にとってはありがた迷惑な存在となるでしょう。

マトリックスを観て自分の考えをこんなに語る予定ではなかったのですが、僕の考えとたくさんリンクするところがあったので興奮してしまいました。

マトリックスの2作目では、やたらラブシーンが多かったのですが、「愛」が世の中の仕組みよりも上位に存在しているということを訴えたかったのかも知れません。

「愛」についてはまた別の機会に記事にしたいと思います。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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