2012-09-13 読書・書評

深くておいしい小説の書き方三田誠広著

小説家になります!

と昔から心の中で叫んでいました。

その目標に向けてなにもやっていませんが・・。

しいて言うなら3年ぐらい前からネット上には内容の無い僕の文章が毎日どこかのブログやメルマガ、無料レポートなどで公開されています。文字数だけなら結構稼いでいるライター程度はあるんじゃないの~っていう感じです。

今日、紹介させていただく本は4年ほど前に買った文庫本です。一身上の都合で荷物を整理していたらダンボールの奥から登場しました。

施術日記でたまに実際にお聞きしたことや僕の気持ちなどをちょっとだけ、ドラマチックに描きたいなとか思うときがあって、こういう本が目の前にあらわれるのも天の声が、それならこの本でも参考にしたらいいんじゃないのといっているのかもしれません。

著者は、小説家のことを変態と言っています。小説家以外をバカとも言っています。これを細かく説明するのはバカがバカに説明することだから無理なのでやめておきます。

でも結構おもしろい本です。

まだ最後まで読んでいないのですが、今読んでいる箇所に「ナラティブ・ストラクチャー」という言葉が出てきます。これは「物語構造」と言われ、それなりの物語を作るための設計図となるものです。料理でいうと「さしすせそ」みたいな感じです。

これは誰かが作り上げたというよりもいろんな人がいろんな物語を作ってきたなかで、やっぱり人々が感動することの定番のようなものがあってたくさんの物語の中から生き残ってきたものに共通する構造のことみたいです。

水戸黄門とかは最後に印籠を出さないとダメみたいな感じです。

いろんな物語構造があるんですが、その中に「物語の中の物語」という構造があります。

劇中劇のような舞台に登場する人が役者を演じていてその劇の中で劇を演じるようなことです。

売れない劇団員の葛藤を描いた舞台と言えばわかり易いでしょうか。

この「物語の中の物語」という構造を持つ物語の代表が「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」です。

「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」というのは、女性不審になった王様が毎晩処女と契りを交わし夜が明けたら殺してしまっていたのですが、最後の処女であるシェへラザードという女性だけは寝室で王様に対して物語を聞かせて、次の日も話が聞きたいために殺さずにいて、最後には女性不審がなくなってシェへラザードを王妃に迎え入れたという話です。その時にシェへラザードが王様に話した物語をまとめたのが千夜一夜物語です。

この話の中でシェへラザードが話す物語が物語の中に物語となります。

本を読んでいるうちに人生そのものも同じだということに気がつきました。

人は生まれた時は、あかちゃんという単なる生命体だったはずなんですが、そのうちに何かを演じるようになります。多くは自分の意思に関係なく周りの環境によっておこることが多いような気がします。

たとえばおかあさんが切れやすくて小さい頃から顔色を見ながら生活していると最初はなにものにも縛られない一人の人格が母親の顔色を見る卑屈な小学生などになるかもしれません。

そうやってAの人生という物語の中に小学生時代の物語が作られます。

Aが社会に出ると企業に就職して会社員を演じます。

それもまた新しい物語なわけです。

自分の物語の中に別の物語をいくつも作っているのです。

僕もこれまで自分の人生の中でいろんな役を演じてきたように思います。

得体の知れない小説家によっていろんな体験をさせられ、悩みや葛藤を描かれてきたのです。

でも今は違います。

得体の知れない小説家の正体がわかりました。

自分の人生を描く舞台があったとしたらその主人公は間違いなく自分です。

どんなに幸せなストーリーであっても逆にどんなに不幸なストーリーであってもその主人公は自分以外にないのです。

そうやって考えると得体の知れない小説家というのは、結局自分自身だということがわかるはずです。

多くの人はそれを神といっているようですが、僕はそう思っていません。

そんな風な考え方を定着させることが出来るとどんな嫌な相手が現れても気にならなくなります。

だってその嫌な相手も自分が考えて登場させているからです。

そういう風に考えていくと出会う人だけでなく本も同じだと言えます。

今日、紹介した本「深くておいしい小説の書き方」を書いた三田さんという人も自分自身が生み出したものだと勝手に解釈するわけです。

前田貴久は、頭がついにおかしくなったな~って思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、一番言いたかったのは、あなたが演じているものって一体なんなのかっていうことを再確認していただきたいのです。

そして誰がそれを演じさせているのかを考えて欲しいのです。

失敗を環境や人のせいにしたがる気持ちはわかりますが、全てが自分が生み出したものだと思うようにすると後悔したり、人の悪口をいったりすることがどれほど無駄な時間を過ごしているのかということがわかるはずです。

もしあなたを悩ませる相手がいるとしたら、その人の存在意義を一度考えてみてください。

あなたを単に苦しませるだけに存在しているわけではなく、あなたが幸せになるためにあなた自身が登場させたと思うと相手に対する見方が変わるはずです。

2012〜2013年のYahoo!ブログ掲載記事。『集客の書』収録版から復元。
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